本文へ移動⚠ 熊本地震で被災された方へ — 水がなくてもできる歯磨き・入れ歯の対処(軽量ページ)
起草
学術監修(進行中)
正式公開

起草版 v1.02026年7月10日 起草)。学術統轄の監修を経て正式版となります。

01

なぜ、いま自治体に「お口の防災」が必要か

災害関連死の主要な死因の一つである肺炎のリスクは、被災後の口腔健康管理の継続で下げられると考えられています。

災害関連死とは、建物倒壊や津波などの直接の被害ではなく、避難生活の身体的負担や環境悪化が原因で亡くなることをいいます。阪神・淡路大震災(1995)では死者6,434人のうち919人(兵庫県内の認定)が災害関連死とされ、熊本地震(2016)では直接死50人に対し災害関連死は225人と約4.5倍、能登半島地震(2024)では直接死228人に対し災害関連死は516人(2026年7月時点・審査継続中)と2倍を超え、災害関連死が直接死を上回る災害が続いています。

約24%

阪神・淡路大震災の災害関連死のうち肺炎等の呼吸器系疾患が占めた割合。災害関連死の9割は60歳以上、8割は発災後2か月以内に発生しました

神戸新聞(2004)

東日本大震災(2011)でも、石巻市の災害関連死の26.9%が肺炎で、被災地では肺炎の発生が通常時の約3倍に増えました。高齢者の肺炎の8割以上は、口の中の細菌を含む唾液や食べ物が誤って気管に入ることで起きる「誤嚥性(ごえんせい)肺炎」です。歯垢(プラーク)1mgには約1億個の細菌が含まれ、断水で歯磨きができない避難所は、この細菌が増える条件がそろっています。

39%低下

高齢者施設での2年間の比較研究(RCT)で、専門的口腔ケアにより肺炎発症率が39%、肺炎による死亡率が53%低下しました

Yoneyama et al., The Lancet 1999

担当者に伝えたい結論

耐震化や津波避難と違い、口腔ケアは「発災後に、現場で、低コストで」実行できる数少ない災害関連死対策です。必要なのは大規模予算ではなく、計画への位置づけ・少量の備蓄・受援ルートの3点です。本ガイドはその3点を整備する手順を示します。

02

国の計画・指針における口腔衛生の位置づけ(庁内説明・議会答弁に使える根拠)

「なぜ市が歯のことまでやるのか」への答えは、国の計画・指針にすでに書かれています。原文を確認済みの記載を正確な文書名・年次つきで整理します。

避難所の口腔衛生対策は、自治体独自の上乗せ施策ではなく、災害対策基本法から避難所運営ガイドラインまで一貫して位置づけられた「国の方針に沿った取組」です。予算要求や議会説明では、次の表の文書名と記載箇所をそのまま引用できます。

文書(所管・年次)口腔衛生・歯科に関する記載
災害対策基本法 第86条の6(平成25年6月改正で新設)災害応急対策責任者に、避難所における「生活環境の整備に必要な措置」を講ずる努力義務を規定。避難所の保健衛生対策の法的根拠です
防災基本計画(中央防災会議・令和7年7月1日修正)「各災害に共通する対策編」で、都道府県が協力を得る医療チームとして日本災害歯科支援チーム(JDAT)を、JMAT・JRAT・JDA-DAT等と並べて明記
避難所運営等避難生活支援のためのガイドライン(チェックリスト)(内閣府防災担当・平成28年4月策定、令和6年12月改定)「病気の予防」の項目に「口腔衛生管理」を明記。市町村向けチェックリストに「1-6 正しい口腔ケアの周知・指導を実施する」(担当:保健・医療担当)
避難生活における良好な生活環境の確保に向けた取組指針(内閣府防災担当・平成25年8月策定、令和6年12月改定)備蓄しておくことが望ましい品目として「石鹸、歯磨用品、ティッシュペーパー、トイレットペーパー等の日用品」を例示。歯科医師等の職能団体による人的支援スキームを都道府県と連携して活用することが望ましいと記載
地方公共団体における歯科保健医療業務指針(厚生労働省医政局長通知・令和6年3月、同年4月適用)「災害時歯科保健医療体制の確保」の項で、都道府県に対し、大規模災害時の歯科医療の確保と避難所等における口腔衛生管理のため、歯科医師会・歯科衛生士会・歯科技工士会・大学歯学部等と連携した体制整備・災害時対応マニュアルの作成・人材育成に努めることを求めています
大規模災害時の保健医療福祉活動に係る体制の強化について(厚生労働省・令和8年通知)都道府県に保健医療福祉調整本部の設置と、保健医療福祉活動チームの受援・派遣調整体制の整備を求める技術的助言。歯科支援チームの派遣調整も、この県の調整本部の枠組みの中で行われます

なお、災害時の保健医療福祉体制は、一般に国—都道府県—市町村の階層で組み立てられており、広域調整・専門職チームの派遣調整・関係団体との協定は都道府県の役割です(保健所設置市・特別区は上記指針の直接の宛先でもあります)。市町村の計画と受援は、都道府県の体制と接続する形で設計してください。

答弁・起案にそのまま使える整理

「避難所における口腔衛生管理は、内閣府の避難所運営ガイドライン(令和6年12月改定)において病気の予防対策として市町村が取り組むべき事項とされており、防災基本計画(令和7年7月修正)にも日本災害歯科支援チーム(JDAT)との連携が位置づけられています。本市の取組はこれらに基づき、県の保健医療福祉調整体制と連携して行うものです。」

あわせて、誤嚥性肺炎は日本人の死因第6位(厚生労働省・令和2年人口動態統計)です。平時から高齢化率の高い自治体ほど、避難生活での肺炎リスクの高い住民を多く抱えていることになります。

03

先行事例に学ぶ「動いた仕組み」

巡回の規模感、受援の要、地元への引き継ぎ方。3つの実例から、自治体が準備すべき型が見えてきます。

新潟県中越地震(2004)では、発災5日目から25日間にわたり避難所巡回口腔ケアが実施され、115か所・のべ1,226名に対応しました(厚生労働科学研究・中久木班報告集)。ここから得られる計画上の目安は「発災後おおむね1週間以内に巡回を開始できる体制を、あらかじめ決めておく」ことです。

1,226名

中越地震で発災5日目から25日間・115か所の避難所巡回口腔ケアが対応した人数

厚生労働科学研究 中久木班報告集

熊本地震(2016)の被災地では、2016年4〜5月の約2か月で歯科的アセスメント927人、応急歯科治療46人、口腔ケア252人、保健指導242人という支援が展開されました(日本災害時公衆衛生歯科研究会 座談会報告書)。この活動を支えた形の一つが、地元の歯科関係者がコーディネーターとなり、外部支援チームと行政・避難所をつなぐ「地元コーディネーター方式」です。外部チームは入れ替わっても、地元コーディネーターが要支援者情報と活動方針を引き継ぐことで、支援が途切れにくくなります。ただし、この形が取れるかどうかは地域の体制や被災状況によって大きく異なります。

熊本地震の被災地での支援実績(2016年4〜5月)人数
歯科的アセスメント(口の状態の確認)927人
応急歯科治療46人
口腔ケア252人
保健指導242人

東日本大震災の被災地では、発災直後から歯科保健チームによる活動が約10年間継続され、その間に乳幼児歯科健診・フッ化物洗口事業・子育て歯科相談会などの歯科事業が、地元の保健センターを中心とする体制のもとで展開されるようになった例があります(活動報告会記事、2021年)。外部支援は「いつか終わる」前提で、平時の歯科保健事業として地元に着地させる設計が重要です。

3事例に共通する成功要因

(1)発災前から連絡先と役割が決まっていた、(2)地元の専門職が外部支援の窓口(コーディネーター)になった、(3)支援終了後の姿(地元移行)を早期に描いた。この3点は、次章以降の計画文言・受援体制にそのまま反映できます。

04

地域防災計画への組み込み:4ステップと文言例

計画修正は年1回の防災会議サイクルに乗せれば、追加予算なしで実現できます。

  1. ステップ1:現状確認(1週間)

    自団体の地域防災計画・避難所運営マニュアルのPDFを「口腔」「歯科」「歯」で全文検索します。記載がない、または「歯科医療救護」(治療)のみで「口腔衛生管理」(予防)がない場合が修正対象です。あわせて県の地域防災計画の歯科関連記載と、県歯科医師会と県の協定の有無を確認します。

  2. ステップ2:修正案の作成(2〜4週間)

    下の文言例をベースに、予防対策編(備蓄・協定)と応急対策編(避難所での実施・受援)の2か所に追記する案を作ります。根拠として第2章の国資料一覧を添付します。

  3. ステップ3:関係課・関係機関協議(1〜2か月)

    防災担当課と保健担当課(保健センター)の共管とし、郡市歯科医師会・県歯科医師会に文案を照会します。県レベルの調整では、歯科医師会とともに歯科衛生士会や大学歯学部等も連携先になります(国の歯科保健医療業務指針も、都道府県にこれらとの連携体制整備を求めています)。都道府県ごとに災害歯科保健医療連絡協議会を設ける取組も進められています。協議の場で、発災時の連絡窓口(誰から誰へ要請するか)を担当者名レベルまで具体化しておきます。

  4. ステップ4:防災会議への付議

    年次の地域防災計画修正議案に含めて防災会議に付議します。修正理由は「防災基本計画(令和7年7月修正)および内閣府避難所運営ガイドライン(令和6年12月改定)との整合」で足ります。

地域防災計画 文言例(そのまま調整して使えます)

【予防対策編】「市は、避難生活に起因する災害関連死を防止するため、避難所等における口腔衛生管理を含む避難者の健康管理体制をあらかじめ整備する。このため、○○県歯科医師会・○○郡市歯科医師会との連携体制の構築を図るとともに、歯ブラシ・洗口液等の口腔ケア用品を避難所の備蓄品目に位置づける。」【応急対策編】「市は、避難所開設後速やかに、保健師等による巡回活動に口腔衛生管理を位置づける。市は、必要と認めるときは、県を通じて日本災害歯科支援チーム(JDAT)等の歯科保健医療支援の派遣を要請する。」

「歯科医療救護(治療)」と「口腔衛生管理(予防)」は別物です。自治体計画には、身元確認・応急治療の記載はあっても、災害関連死予防としての口腔ケアの記載がない場合が少なくありません。修正のポイントはこの一語の追加です。

05

避難所運営マニュアルへの追加項目(文例・様式例つき)

マニュアルには「いつ・誰が・何をするか」を時系列で書き込みます。以下は追記用のチェックリストと様式例です。

開設時(発災〜24時間):施設管理・衛生班

  • 口腔ケアコーナーを設置する手洗い場・給水所の近くに、鏡・照明・ゴミ袋・コップ置き場を確保。文例:「歯みがき・入れ歯洗いはこちらでお願いします」
  • 備蓄の口腔ケア用品(歯ブラシ・洗口液・清拭シート)を搬出し、配布方法を決める歯ブラシは衛生上、1人1本の個別配布とし、共用しない
  • うがい・歯磨き用の水を飲料水と別枠で見込む目安として1人1日コップ1杯(約200mL)。給水計画に明記

運営期(〜1週間):保健・救護班

  • 物資配布時に歯ブラシを全員に配布し、館内放送・掲示で口腔ケアを呼びかける掲示文例:「食後と寝る前の歯みがきが、肺炎の予防になります。水が少ないときは洗口液や口ふきシートをご利用ください」
  • 義歯(入れ歯)使用者・介助が必要な方を把握する下の口腔スクリーニング票を受付名簿とあわせて運用
  • 保健師等の巡回項目に「口の状態」を追加する食事でむせる・口の乾き・義歯の紛失は要フォローのサイン

長期化時(1週間〜):保健・救護班

  • 歯科支援チーム(JDAT等)受入れ時の活動場所・電源・水・情報共有方法を提供する
  • 要フォロー者リストを支援チームに引き継ぎ、チーム交代時も同じ様式を使い続ける
  • 在宅避難者・車中泊避難者にも物資配布と声かけの経路を確保する
避難者口腔スクリーニング票(様式例)記入欄
氏名・年齢・居住スペース(  )
義歯の使用なし / 上 / 下 / 紛失・破損あり
食事のとき、むせることがあるはい / いいえ
口の痛み・強い乾きがあるはい / いいえ
歯みがきが自分でできるできる / 一部介助 / 全介助
特記(かかりつけ歯科・服薬など)(  )

断水時の考え方

水が足りないことを理由に口腔ケアを中止しないでください。少量の水を紙コップにとって歯ブラシをすすぎながら磨く、洗口液や口腔清拭シートを併用する、義歯は毎日はずして清掃する、といった代替手順をマニュアルに明記しておくと、現場が迷いません。

06

備蓄基準の目安:避難者100人あたりの品目・数量表

内閣府の取組指針(令和6年12月改定)は「歯磨用品」等の日用品備蓄を望ましいと例示しています。以下は当プロジェクトが推奨する具体的な数量の目安です。

前提条件:避難者100人・発災後7日分、高齢者を3割(うち義歯使用者20人・歯磨きに介助が必要な方5人)と想定した目安です。地域の高齢化率・避難所の性格(学校・福祉施設等)に応じて増減してください。算定の考え方を示してあるので、人数を入れ替えれば独自の基準を作れます。

品目数量(100人・7日分)算定の考え方備考
歯ブラシ(大人用)110本1人1本+予備1割個包装・キャップ付き。共用禁止
歯ブラシ(子ども用)15本避難者の1割強を子どもと想定学校避難所では増量
液体歯磨・洗口液500mL×30本1人1回10mL×1日2回×7日=14L断水時の歯磨き補助に。使用期限に注意(下記)
口腔清拭シート(ノンアルコール)700枚1人1日1枚×7日歯磨きできない場面の代替
スポンジブラシ(使い捨て)105本要介助者5人×1日3本×7日要介護高齢者・嚥下障害者のケア用
義歯洗浄剤140錠義歯使用者20人×1日1錠×7日義歯ケースとセットで
義歯ケース(名前記入欄つき)20個義歯使用者20人×1個紛失・誤廃棄の防止に必須
使い捨て手袋200枚介助者用(1ケア1組×交代要員分)感染対策と兼用可
紙コップ1,500個1人1日2個×7日+予備うがい・給水と兼用

液体口腔ケア用品には使用期限があります

洗口液・液体歯磨などの液体製品は、法令上、製造から3年を超えて品質が安定なものには使用期限の表示義務がなく、外装に期限記載のない製品が一般的です(メーカー各社は未開封で製造から約3年を目安としています)。備蓄箱の外側に購入年月を大書きし、年1回の防災点検で確認のうえ、購入から3年をめどに介護予防教室や防災訓練の配布物として使い切り、新品を補充する「循環備蓄」を仕組みにしてください。歯ブラシ等の乾物も高温多湿を避けて保管します。

備蓄運用のチェック

  • 備蓄場所は避難所ごとの分散配備か、集中備蓄なら発災当日に搬送できるか
  • 品目・数量・期限を防災担当課と保健担当課の双方が台帳で共有しているか
  • 流通備蓄(協定による調達)に口腔ケア用品が含まれているか薬局・卸との協定品目リストに「歯ブラシ・洗口液・義歯洗浄剤」を明記
07

受援体制:JDATと歯科医師会協定の確認ポイント

支援は「来てくれる」ものではなく「受け入れる準備をした自治体に速く届く」ものです。

日本災害歯科支援チーム(JDAT)は、日本歯科医師会等による災害歯科支援の全国的な仕組みとして2022年に創設され、能登半島地震(2024)では計127チームが派遣されました。防災基本計画(令和7年7月修正)でも、都道府県が協力を得る医療チームの一つとしてJDATが明記されています。市町村の役割は、県を通じた派遣要請のルートと、受け入れ環境をあらかじめ整えておくことです。あわせて、都道府県ごとに歯科医師会・歯科衛生士会・大学歯学部・病院歯科等が参画する災害歯科保健医療連絡協議会を設け、平時からチームの育成と調整を行うことが提言されています。体制の整い方は都道府県によって異なるため、自団体の県の状況を確認するところから始めてください。

127チーム

能登半島地震(2024)で派遣されたJDATのチーム数。2022年創設の全国的な災害歯科支援の仕組みです

日本歯科医師会

  1. 受援フロー1:要請

    市の災害対策本部(保健担当)が避難所の口腔スクリーニング結果をもとに必要性を判断し、県の保健医療福祉調整本部へ歯科支援を要請します。要請の判断基準(例:要介助者○人以上、断水○日以上)をマニュアルに書いておくと初動が速くなります。

  2. 受援フロー2:調整

    県の保健医療福祉調整本部が派遣調整を行います。県内で対応できる規模の災害では、県が県歯科医師会と直接調整して完結します。災害救助法が適用される広域災害では、県→国(厚生労働省)→日本歯科医師会→各都道府県歯科医師会という依頼ルートが基本です(災害救助法を使わない小規模災害は、災害対策基本法に基づき県内で対応します)。市側は活動拠点(水・電源・駐車場所)、避難所リスト、口腔スクリーニング票を用意して待ち受けます。

  3. 受援フロー3:活動と引き継ぎ

    過去の災害では、地元の歯科医師会関係者がコーディネーターを担う形が機能した例があります。ただし地域の高齢化や被災の状況によっては地元だけでは担えない場合も多く、その際は県や外部チームがコーディネートを補完する前提で設計します。外部チームの交代時も同一様式で要フォロー者情報を引き継ぎ、終了時は平時の歯科保健事業(保健センター)への引き継ぎまでを受援の完了と定義します。

県歯科医師会・郡市歯科医師会との協定 確認ポイント

  • 協定の有無と範囲「身元確認」「医療救護」のみか、「避難所の口腔衛生管理(予防)」まで含むか
  • 要請ルート市→県→県歯科医師会か、市→郡市歯科医師会への直接要請も可能か。夜間休日の連絡先
  • 費用負担災害救助法適用時の費用弁償の扱い、適用前・適用外の場合の負担者
  • 活動条件市が提供するもの(場所・水・電源・移動手段・宿泊)と持参してもらうもの(ポータブルユニット等)の切り分け
  • 情報共有活動報告の様式と個人情報の取り扱い(要配慮者名簿情報の提供条件)
  • 訓練条項年1回以上の連絡訓練・合同研修の実施が書かれているか
08

要配慮者対策:名簿と「義歯・嚥下」の視点

阪神・淡路の災害関連死の9割は60歳以上でした。守るべき人を平時から特定しておくことが最大の対策です。

災害対策基本法に基づき、市町村には避難行動要支援者名簿の作成が義務付けられ、個別避難計画の作成も努力義務とされています。この既存の仕組みに「口の情報」を1〜2項目加えるだけで、発災後の口腔ケア優先順位づけが可能になります。新しい名簿を作る必要はありません。

「避難所の外」も自治体の守備範囲です

災害関連死の多くは、避難所そのものではなく、病院・介護施設、そして電気や水の止まった自宅——支援の目が届きにくい場所で起きています。令和7年7月施行の災害救助法等の改正により、在宅避難者・車中泊避難者への支援も救助の対象として明確に位置づけられました。口腔ケア用品の配布・保健師等の巡回・歯科支援チームの活動計画は、避難所の中だけでなく、在宅避難・車中泊を含む被災地域で生活するすべての住民を対象に設計してください。要支援者名簿・個別避難計画との連動が、その足がかりになります。

平時に把握しておきたい項目(個別避難計画・ケアマネ経由の調査に追加)

  • 義歯の使用(上・下・部分)と就寝時の取り扱い避難時に義歯を置いてくる例が想定されるため、非常持出品リストに「義歯・義歯ケース」を明記して周知
  • 嚥下障害(飲み込みの障害)・食形態の指定の有無とろみ剤・ミキサー食の要否は食料備蓄計画にも直結します
  • 口腔ケアの自立度(自立/一部介助/全介助)
  • かかりつけ歯科医院名発災後の被災状況確認と治療再開の導線になります
対象避難所での初動対応
義歯使用者保管容器(食品用密封容器やジッパー付き保存袋)と洗浄剤を配布。義歯を外さない・洗わないのは多くが環境要因です——外して入れる容器と置き場所がない、プライバシーが保たれ両手を使える流水の洗面所がない。容器の配布と義歯洗浄スペースの確保をセットで行い、そのうえで個別に声かけ。破損・不適合は歯科支援チームへの優先つなぎ対象
嚥下障害のある方食事時の姿勢(座位・あご引き)を介助者に伝達。むせが増えたら保健師へ報告。とろみ剤の在庫を保健班が管理
歯磨き全介助の方スポンジブラシで1日1回以上の清掃を介助者が実施。手袋着用
認知症のある方本人のペースで誘導し、家族・介助者に清掃状況を確認。拒否がある場合は清拭シートで代替

福祉避難所の運営マニュアルには、一般避難所より一段高い基準(スポンジブラシ・吸引器周辺の衛生管理・食形態対応)を書き込みます。指定福祉避難所の協定施設に、平時から口腔ケア物品の在庫状況を確認しておくと確実です。

09

平時の啓発と訓練への組み込み

備蓄と計画は、訓練で動かして初めて機能します。既存の行事に「10分」足すことから始められます。

既存事業への追加メニュー(新規予算ほぼ不要)

  • 総合防災訓練:避難所開設訓練に「口腔ケアコーナー設置」を1項目追加備蓄箱からの搬出・掲示・配布までを衛生班が実演。所要10〜15分
  • 住民向け:非常持出品の啓発物に「歯ブラシ・洗口液・義歯ケース」を明記広報紙の防災特集・出前講座のスライドに1ページ追加
  • 職員向け:避難所運営研修に口腔ケアの講義を組み込む郡市歯科医師会に講師派遣を依頼。協定の訓練条項の実績にもなります
  • 要配慮者向け:介護予防教室・通いの場で「災害時のお口の守り方」を実施期限が近い備蓄洗口液の配布先としても活用(循環備蓄)
  • 受援訓練:県・県歯科医師会との連絡訓練(要請様式の伝達演習)を年1回9月の防災週間・11月の訓練シーズンに合わせると定着します

訓練の効果測定は「避難所運営マニュアルどおりに口腔ケアコーナーを何分で設置できたか」「スクリーニング票を何人分記入できたか」など、数えられる指標で記録します。翌年度の計画修正・予算要求の根拠資料になります。

啓発の軸となるメッセージはひとつで足ります。「避難所では、歯みがきが肺炎予防です」。専門的口腔ケアで肺炎発症率が39%下がったというエビデンス(The Lancet 1999)とあわせて伝えると、住民にも職員にも行動の理由が明確になります。

10

小さく始めるロードマップ:予算ゼロから全域展開へ

最初の一歩に予算は要りません。3つのフェーズで、無理なく全域展開までつなげます。

  1. フェーズ0:予算ゼロで始める(今年度内)

    (1)地域防災計画・避難所マニュアルを「口腔」で全文検索して現状把握、(2)第4章の文言例で計画修正案を起案、(3)県歯科医師会との協定内容と県の受援ルートを確認、(4)避難所運営研修に口腔ケアの回を追加。ここまで既存事務の範囲で実施できます。

  2. フェーズ1:モデル避難所1か所(翌年度)

    拠点となる指定避難所1か所に第6章の備蓄(100人・7日分で数万円規模)を配備し、開設訓練で口腔ケアコーナー設置とスクリーニング票の運用を検証します。検証結果を様式・マニュアルに反映し、議会・財政部局への説明材料にします。

  3. フェーズ2:全域展開(2〜3年目)

    全指定避難所への備蓄配備と福祉避難所の上乗せ基準の整備、個別避難計画への口腔項目の追加、県・歯科医師会との年次受援訓練の定例化まで広げます。災害時の仕組みを平時の歯科保健事業と接続させることが持続の条件です。

一般社団法人日本オーラルヘルス協会「お口の防災プロジェクト」では、本ガイドの内容について、地域防災計画・避難所マニュアルの文言案の個別レビュー、備蓄品目リストの地域実情に合わせた調整、職員研修・住民啓発講座への講師協力、歯科医師会との協定づくりの論点整理を無償相談から承っています。

担当者向け相談窓口

「まず自分の自治体の計画に何が足りないか知りたい」という段階からで構いません。お問い合わせフォーム(/contact)より、自治体名と現在の検討状況をお知らせください。防災担当・保健担当のどちらの部署からのご相談にも対応します。

出典・参考資料

  1. 防災基本計画(令和7年7月1日修正)— 日本災害歯科支援チーム(JDAT)を医療チーム派遣の協力主体として明記中央防災会議・内閣府 https://www.bousai.go.jp/taisaku/keikaku/kihon.html
  2. 避難所運営ガイドライン(平成28年4月策定・令和4年4月改定)—「病気の予防」に口腔衛生管理、チェックリスト1-6「正しい口腔ケアの周知・指導を実施する」内閣府(防災担当) https://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/2412hinanjo_guideline.pdf
  3. 避難生活における良好な生活環境の確保に向けた取組指針(平成25年8月策定・令和6年12月改定)— 歯磨用品等の備蓄例示、歯科医師等職能団体の支援スキーム活用内閣府(防災担当) https://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/2412kankyokakuho.pdf
  4. 災害対策基本法 第86条の6(避難所における生活環境の整備等)e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/336AC0000000223/
  5. 地方公共団体における歯科保健医療業務指針(令和6年3月・医政局長通知、同年4月適用)—「災害時歯科保健医療体制の確保」で歯科医師会・歯科衛生士会・歯科技工士会・大学歯学部等との連携体制整備を都道府県に要請厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/content/001267309.pdf
  6. 大規模災害時の保健医療福祉活動に係る体制の強化について(令和8年通知・技術的助言)— 都道府県の保健医療福祉調整本部と活動チームの受援・派遣調整体制厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/content/001684743.pdf
  7. 阪神・淡路大震災の災害関連死分析(呼吸器系約24%・60歳以上9割・2か月以内8割)神戸新聞(2004)
  8. Yoneyama et al. Oral care and pneumonia(専門的口腔ケアで肺炎発症率39%低下・肺炎死亡率53%低下)The Lancet, 1999
  9. 誤嚥性肺炎は日本人の死因第6位厚生労働省 令和2年(2020)人口動態統計
  10. 高齢者の肺炎の8割以上が誤嚥性肺炎日本呼吸器学会
  11. 中越地震における避難所巡回口腔ケア(発災5日目から25日間・115か所・のべ1,226名)厚生労働科学研究 中久木班報告集
  12. 熊本地震の被災地の歯科支援実績(アセスメント927人ほか)と地元コーディネーター方式日本災害時公衆衛生歯科研究会 座談会報告書 https://jsdphd.umin.jp/
  13. 被災地における10年間の地域歯科保健医療活動の報告会記事(2021年3月)クインテッセンス出版 歯科ニュース https://www.quint-j.co.jp/articles/topics/4941
  14. JDAT(日本災害歯科支援チーム)の創設(2022年)と能登半島地震での127チーム派遣日本歯科医師会 災害歯科医療対策 https://www.jda.or.jp/disaster/

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